課題点・導入のきっかけ
データを活用し、医療従事者一人ひとりに最適な医薬品情報を届けたい。製薬業界における情報提供の難しさと、製薬業界の変化
1878年に誕生した薬種問屋にルーツをもつ塩野義製薬株式会社(以下、塩野義製薬)では、140年以上の歴史の中で「SHIONOGIは常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する。」という目的を掲げ、事業を展開しています。今回のフライウィールとのプロジェクトでは、塩野義製薬が蓄積してきたデータをもとに医師の処方につながるベストなコンテンツを医師に提示(レコメンド)できるようにするため、レコメンドモデルの構築・改善とその有効性を検証することになりました。
本プロジェクトの背景として、製薬業界はプロモーション規制が厳しい業界であることが挙げられます。たとえば医療従事者以外に医薬品の情報を直接提示することができないため、リスティング広告といった一般的なデジタルマーケティング手法をそのまま活用することは難しい業界です。そのため、MR(医療情報担当者)が医療従事者のもとへ直接足を運び、医薬品情報を提供するお渡しする方法が従来の一般的なマーケティング・営業活動でした。
大きな転機となったのがCOVID-19の感染拡大です。対面での接触が大きく制限されたことでMRの訪問活動が低下し、デジタルマーケティングの重要性が増すことになりました。しかし製薬業界の特性として、医師が処方した医薬品を、どこの調剤薬局で患者が受け取るかまでは分からないため、どの情報提供が有効な情報提供であったかを振り返ることはとても難しいという課題がありました。
そこで塩野義製薬が着目したのが、社内に蓄積されていた各種ログデータです。塩野義製薬では、社内の各部署ごとにサイロ化されていたデータを統合するデータ基盤やデータベースの構築が完了しており、データを蓄積するフェーズから活用するフェーズへの移行を模索されていました。そこでさらに直面した課題が、データ活用に精通した人材の不足です。マーケティング部門にはデータに精通した専門家がおらず、十分な活用ができていない状態でした。

どんなことを実施したか?
決め手はデータ活用プラットフォームConata®と技術者の開発力。
レコメンドモデルの構築・改善とその有効性や精度を検証
自社独自の対面・オンラインデータを活用した施策に着手するため、塩野義製薬では協力パートナーを募ることになり、弊社からの提案を採用いただきました。具体的には、データ活用プラットフォームConata® (コナタ)を活用した、医師の処方につながるベストなコンテンツを医師に提示するレコメンドモデルの構築・改善とその有効性の検証をご提案しています。この提案を言い換えると、手元のデータを分析・活用して、医師に提供する医薬品情報のおすすめ度を判定する仕組みの構築と検証であり、さまざまな業界向けにマーケティングプラットフォームやレコメンドモデルを提供してきたフライウィールならではの独自性の高い提案となります。
フライウィールの提案が採用された決め手は大きく2つありました。まず、ニーズや状況が似ている先行事例の存在です。自社で保有しているデータを活用し、Conata®を活用することで最適化された需要予測を実現するパーソナライズ技術を実装するという取り組みが他業界において実施されており、有効なアウトプットを得られることが期待されました。
また、提案時にデータサイエンティストやデータエンジニアが作成した試作版(モック)によって、アウトプットイメージを事前にすり合わせることができた点も評価いただけました。モックを確認できたことで、求める基準のレコメンドモデルを構築できる技術力があることを確認いただいています。
弊社からのご提案の背景には、データ活用プラットフォームConata®の活用が挙げられます。Conata®の活用によって開発期間を短くし、検証フェーズに期間を割くことができるだけでなく、データの加工から分析、レコメンドエンジンの実装までを一気通貫してひとつのプラットフォーム上で実現することが可能です。さらにデータサイエンティストやデータエンジニアもConata®を活用したプロジェクトには過去に実績があることから、開発期間を短く抑えられるメリットがあります。
レコメンドモデルの構築とその有効性を検証する取り組みは、2024年8月からスタートしました。プロジェクト全体の進行について、竹内氏は以下のように振り返ります。
「ご提案の段階から何度もやり取りを重ねていたことで、アウトプットのご提出はとても早かった印象ですね。キックオフ後のレコメンドモデルの構築では、改善すべき点やイメージと異なる点をすり合わせながら進行いただき、さらに私たち実務者側の要望をうまくデータを扱う開発側へ橋渡しいただいたことが、スピード感につながったのではないかと思います」(竹内氏)
結果として、当初のスケジュールではキックオフから3ヶ月後に初回の検証に着手する予定だったところ、1ヶ月を前倒した2ヶ月後から検証フェーズに進んでいます。本プロジェクトでは、塩野義製薬が保有する自社サイト(HCPサイト)やサードパーティメディア、ウェビナーの視聴データを利用し、各医師の各コンテンツへの興味度合いをレコメンドスコアで可視化するモデルを構築しています。検証フェーズでは、MAツールによってメールを各医師へ配信し、レコメンドスコアとメールの開封率、メール内に設置されたコンテンツURLのクリック率を計測し、レコメンドモデルの精度や有効性について検証されました。

導入後の効果
検証の結果、レコメンドスコアが高いコンテンツをメールで配信することで、有意に高いクリック率もたらすことを確認
ベストなコンテンツを医師に提示するレコメンドモデルの有効性を検証した結果を受け、得られた気付きや成果について竹内氏と岩松氏にお話しいただきました。
「それぞれの医師にとって最適なコンテンツ、つまりレコメンドスコアが最も高いコンテンツをメールで配信した場合、これまでのメール配信施策と比較してクリック率が有意に高くなることを確認できました。前向きな検証ではまだ統一的な見解が得られるには至っていませんが、統計上で以前との差を示せたことで『データを活用すれば成果につながる』という確信を高められたことが、社内のデータ活用をさらに前へ進めていくための第一歩になったと思います」(竹内氏)
「正直なところ、プロジェクトが走り出した当初は『有意差までは得られないのではないか』と半信半疑でした。『メールを開封してクリックする』という医師の行為に対して、変数があまりに多すぎると感じていたからです。しかしフタを開けてみると、後ろ向きな検証とはいえ統計学的に有意な差を確認することでき、『すごいな』と感じました。
こうした検証の成果を関係する組織内の会議でも報告しており、『今まで難しいと思っていた。すごくいいね!』といった評価の声を聞いています」(岩松氏)
今回の施策をベースに今後データベースを活用することによって、医療従事者一人ひとりにパーソナライズ化されたデジタルマーケティングが模索されています。これまでのデジタルマーケティングでは、医薬品ごとにマーケティングチームが分かれていることも影響し、医薬品単位で情報が提供されてきました。さらに高い精度で医療従事者一人ひとりのニーズを掴むことができるようになれば、医薬品の垣根を越えたアプローチを実現できます。
また、今回の検証ではユースケースとして「メール配信」が検証用の施策として選ばれましたが、まずはデジタルマーケティング全体でこれらのレコメンドを活用できるよう体制を整えていき、将来的にはMR活動への活用の可能性についても検討することを考えていきたいと考えています。
お客様からのコメント
フライウィールを一言で表すと『データのスペシャリスト』
今後の展望をお聞かせください
「製薬企業1社で抱えるデータ量は限りがあり、医師のニーズに合った情報提供を行うためのリコメンドの精度には限界があります。将来的には、業界内の複数社でデータを共有し適切な情報提供が出来る世の中を目指してもよいのではないかと考えています」(竹内氏)
最後に一言お願いいたします
「フライウィールを一言で表すと『データのスペシャリスト』だと思います。多くの実績と引き出しがあるからこそ、提案から実際のアウトプットが出てくるまでのリードタイムがとても短かったのだと考えています。
また、多くの企業がビジネス課題を認識してはいるものの、技術やデータをどのように活用して解決すべきかと悩んでいのではないかと思います。ビジネス側と技術・データ側を上手くつなぎ合わせてシステムやレコメンドモデルのような形に具体化し、課題を解決していくこともフライウィールが『データのスペシャリスト』だからこそです」(竹内氏)
「データを活用することで何ができ、何ができないのか。求めるアウトプットは、どのような構築であれば実現できるのか。データについてはまったくの素人でしたが、今回の取り組みによってデータに対する理解が深まったように感じます。フライウィールの担当の方にご説明いただき、一緒にプロジェクトを進められたことは、私たちのデータ活用にとって資産になったのではないでしょうか」(岩松氏)

掲載日: 2025年 8月 21日