導入前の課題と背景
高度な技術資産を AI が扱えない――汎用 AI ツールの限界と「データの壁」
1920 年の創業以来、カーエレクトロニクスを中心にモビリティ社会の発展を支えてきた株式会社デンソーテン。「誰もが安心し自由に移動できるモビリティ社会の実現」を掲げる同社では、2030 年に向けた全社戦略として、人と AI が協働する組織づくりを進めています。
しかし、そこには製造業特有の大きな壁が存在していました。長年のものづくりで培われた高度な技術ノウハウや意思決定の基準といった価値の源泉(暗黙知)は、ベテラン社員に蓄積されているほか、図面や数式、複雑なフローチャートが絡み合う技術標準・設計文書の中に存在していたのです。AI・DX推進部 デジタル変革室長の田中氏は、当時の課題を次のように振り返ります。
「自動車部品という高度な専門性を持つ資産が豊富にあっても、それが AI でそのまま扱える状態になっていませんでした。当初は対話型生成AI などの台頭を受け、自社で AIエージェントを作ってチューニングを試みましたが、どこまで行ってもうまくいかなかったのです。そこで気づいたのは、『ツールではなく、データがいかに整っているか』が本質であるということでした。AI の能力だけに頼るのではなく、元となるデータを AI が正しく理解できる状態(AI-Ready化)に整備することが不可欠だと確信しました」(田中氏)
既存の汎用AIツールだけでは、複雑な構成を持つ社内文書を正確に読み解くことができず、現場の実務に耐えうる精度を出すには限界を抱えていました。
導入の決め手・解決アプローチ
単なる「手段の提案」ではなく、戦略を共に見直す姿勢を評価
データの「AI-Ready化」を本格的に推進するにあたり、同社は外部パートナーの選定を開始しました。複数社との比較検討の中で評価されたのがフライウィールでした。
多くのベンダーが「指定された文書を AI-Ready化するための構築作業やコスト」という手段の提案にとどまる中、フライウィールは AI技術の進化を見据えた本質的なアプローチを提示しました。
「他社が手法や規模感の話をする中で、フライウィールさんは『生成AI の進化スピードを考慮すると、すべてを画一的に AI-Ready化する基盤を作る必要はないかもしれない。最新の LLM(大規模言語モデル)も含めて最適解を検討すべき』と提案してくれました。こちらの最初の戦略に対して、唯一『それは違うのではないか』と本質的な視点から切り込んでくれたのがフライウィールさんでした」(木佐氏)
データ活用プラットフォーム「Conata®」で培われたデータ技術力・ノウハウに加え、ベンダー側の都合ではなく顧客のビジネス成果を最優先に考えて議論できる姿勢が決め手となり、パートナーシップがスタートしました。
段階的なアプローチと現場環境に即した伴走支援
まずは 2026 年 2 月〜 3 月にかけて、全社規定および技術標準を対象とした技術検証(PoC)に着手しました。目標として「回答精度 80%」を設定。複雑な図表を含む文書の読み込み精度向上や、回答時に対象の原本(元データ)を正しく参照させる仕組みづくりなどを集中的に検証・改善していきました。
5 月からの実装フェーズでは、インフラ環境の調整やパイプライン構築において技術的なハードルが発生したものの、課題解決に向けて伴走支援を行いました。
「Azure環境での構築など前例の少ない選択をしたことで課題も出ましたが、フライウィールの担当者が現地現物で伴走してくれました。他社事例や豊富な経験に基づく的確な解決策を提示してもらえたことが非常に心強かったです」(木佐氏)
導入の成果
回答精度が 81% へ大幅向上。試行運用で現場の 9 割が「実務に使える」と確信
AI-Ready化のパイプライン構築を経て成果を検証したところ、従来の汎用AIツールの標準機能のみでは49% にとどまっていた回答精度が、AI-Ready化を実施したことで 81% へと大幅に向上しました。
7 月に実施した約 100 名の技術者を対象とした試行運用では、わずか 2 〜 3 日で 300 〜 400 件もの評価・フィードバックが現場から寄せられるという高い関心が示されました。
「普段の業務で忙しいはずの現場社員がガンガン使ってくれて、サムズアップ(いいね)や詳細なフィードバックを熱心に返してくれました。試行後のアンケートでは、9 割近い社員が『現場で使える』『業務に適用したい』と回答し、確かな手応えを得ることができました。また、試行データに対するフライウィール側の対応スピードも非常に早く、チーム一体となって改善を進められました」(内尾氏)
【導入成果のまとめ】
- ・回答精度の向上:49% → 81% に大幅向上(経営層への実装判断の明確な根拠に)
- ・回答有用性の評価:試行アンケートにて 90% 以上が「有用」と回答
- ・情報検索・理解時間の短縮:従来、検索や文脈読解に平均約 10 分かかっていた作業が、出典参照・要約付きの AI 応答により 1 分未満に短縮

専門用語や複雑な標準の「読解ストレス」を大幅軽減
従来は専門的なキーワードを知らなければ目的の標準文書にたどり着けないケースや、複雑な文章の解釈に時間を取られるケースが頻発していました。AI-Ready化されたデータを AIエージェントに活用することで、直感的な問いかけから瞬時に正確な要約と出典が示されるようになり、現場の「調べる・読む・解釈する」という労力が大幅に削減されています。
社内の AI活用気運が高まり、新たなニーズも明確化
本取り組みの副次的効果として、他部署・現場社員における AI活用のモチベーションやデータへの関心も高まりを見せています。同課で課長を務める安延氏は、現場からの予期せぬ反響と手応えについて次のように明かします。
「実際にリリースして使ってもらった結果、『エージェントとして使うだけでなく、インデックス化されたデータそのものを活用したい』といった新しいニーズが次々と出てきました。想定以上の早さで社内の AI活用気運が高まっているのを実感しています。こうした現場のリアルな声に応えていくことで、全社的な AI活用の活性化につなげていきたいと考えています」(安延氏)
今後の展望と期待
本当に必要なデータを見極め、全社への展開と「協働」の実現へ
今回の取り組みを「人と AI が協働する未来に向けた、最初の大切な第一歩」と位置づけるデンソーテン。今後は全社規定や技術標準にとどまらず、品質保証の各種記録やナレッジなど、「真に優先度の高いユースケース」を見極めたうえでさらなる展開を進めていく構想です。
最後に、製造業において同様の AI・データ活用に挑む企業へ向けて、メッセージをいただきました。
「多くの製造業には『宝の山』であるデータが膨大に存在しますが、それが AI で扱えないという壁に当たります。そこで重要なのは、ツールや AI そのものに目を向けるのではなく、まずは『データ』を整備することです。それが一番の近道だと気づきました。至るところで『AI』という言葉がまるで『魔法の言葉』のように使われますが、それを現実に変えるのは容易ではありません。フライウィールさんには単なる受発注の関係を超え、同じ目線で悩み、スピード感を持って共に汗をかいてくれるパートナーとして、これからも期待しています」(田中氏)
掲載日: 2026年 10月 2日